「もの」を大切にすること

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今日も目覚まし時計を4個かけて、ようやく目が覚めました。
目覚まし時計のスヌーズ機能のおかげで、目覚まし時計を停めてからもう一度寝てしまい、そのまま起きずに遅刻ということはなくなったと思うのですが、「スヌーズ機能があるから大丈夫」という妙な安心感につながり、かえってすっきりとした目覚めからは遠ざかっているような気がします。

今日もそんな、泥沼の中から這い出るかのように起きてテレビを点けると、泥まみれの体に冷水を浴びせられるような衝撃的なニュースが飛び込んできました。なんと、フランスのパリの中心部にあるノートルダム大聖堂で大規模な火災が発生したというのです。

私は、パリには行ったことがありません。けれども、10年ほど前に、とある縁で、フランスのパフォーマーの方たちと芝居をしたことがあります。その方たちは、ジュヌビリエというところの方たちなので、今パリにいるのかは分かりませんが、きっと心を痛めているであろうことは想像に難くありません。日本人で言うと、金閣寺や銀閣寺などのシンボル的なものが被害にあうということだし、それに、宗教的にもその建物への敬意や畏怖の念をもっていることでしょう。

今、我が家では断捨離に励んでいるところで、ものはいつまでもあるものではないという前提で動いています。ものよりも、経験を大切にして、思い出はものではなくて体の中に蓄積するという発想です。けれども、こういったニュースを見ると、その思想について揺らぐのを感じます。歴史的な建物という「もの」が被害を受けることに衝撃を受けるし、そのことで心を痛める人も大勢います。そのことを思うと、ものに対する思いも大切だし、尊いのではないかと感じるのです。

このニュースは、思わぬ考えるきっかけを与えてくれました。

虜になるとはこういうことか

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そういえばハロープロジェクトのひなフェス、2019年3月30日に私の大・大・大好きな鞘師里保ちゃんが出演していたのです。
2015年12月の彼女の卒業以降、しばらく、モーニング娘。から離れていたので、ネットニュースで彼女の1日限りの復活を知りました。
それから、久しぶりにYouTubeで彼女の動画をみたら、また彼女の虜にされてしまったのです。恐ろしい。

やるべきことは沢山あるのに、彼女の動画ばかりみてしまって、はかどらない。
だけれども、彼女をずっとみていたいのです。
女の私が女の子にハマって「いつまでもその成長をみていたい」と思うのです。

私が彼女の魅力に最初にハマったのは、2012年にYouTubeでモーニング娘。の記念すべき50曲目の楽曲、『One・Two・Three』のMVを見た時からです。
まず、楽曲がテンポもノリもよくて素晴らしいこと、フォーメーションダンスがすごいことに驚きました。
繰り返しみる度に、中毒に罹ったようにみることを辞められなくなりました。

会社員になってから、4年目で彼氏もおらず、実家でごろごろしながら、スマホの電池がなくなるくらい、何度も繰り返しMVをみていました。
そして、ある、ひとりの女の子の虜になったのです。それが鞘師里保ちゃんでした。
イメージカラーの赤を身にまとい、モーニング娘。に加入してから若干1~2年なのに、センターで歌い踊る彼女のスター性に心が奪われたのだと思います。
ダンスが得意な彼女のためともいえる、つんくさんによるテクノ調の曲とフォーメーションダンス!
なんだか、スターダムへあがる彼女をみれているワクワク感を感じました。

彼女の卒業以降、定期的に彼女の近況が更新されていないかチェックをしていましたが、3年ぶりに元気な姿をみせてくれて、ホッとしました。
そして、また彼女の魅力の虜になってしまい、動画から離れられなくなりました。
特別美人でもないけれど、こんなに目が離せないのはなんなのでしょうか。ずっとみていたいのです。
ほそぼそとでもいいから、芸能活動をしていってほしいです。
そしたら、今度は生の鞘師里保ちゃんに必ず会いにいきたいと思います。

新元号

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今日は友達と渋谷へ買い物に出かけた。
ある程度買い物を済ませお昼を食べていると友達が新元号の「令和」についての話題を振ってきた。
平成もあと1ヶ月しかないのか、Hey! Say! JUMPなんかは名前がどうなっちゃうんだろう、なんて話をした。

昼食を取り終わったあと帰宅しテレビをつけてみるとまた令和のニュースがやっていた。
どのチャンネルをつけても令和の話題で持ち切りである。
テレビをボケっと見ながら他にやることもないので令和について色々と考えてみた。

まず令和の字体を見た時の第一印象について。なんだかよく分からないが「令」の字にスマートな感じの印象を抱いた。
「和」に対してはまさか昭和の和と被るとはと少し驚きを感じた。2文字総評してみるとなかなか悪い感じはしない。
この令和は万葉集から取られたらしく、新元号が発表されたあと万葉集も売れ行きが急に伸びたらしい。

テレビを見ていると令和以外の元号の案も報道されていて「令和」のほかに、「英弘(えいこう)」「久化(きゅうか)」「広至(こうし)」「万和(ばんな)」「万保(ばんほう)」などがあったらしい。
確かにこの中だと令和が一番いいかもしれない。
これは個人的な意見だが、ほかの案はどこか古い感じがする。

平成が終わるまであと約1ヶ月。
元号が令和になった瞬間なにか特別なイベントが起こるのだろうか。
渋谷のセンター街あたりで大騒ぎする人達がまた現れるのだろうか。

令和は漢字だけ見ると名前に使われてそうだから自分の子供に「令和」とつける人がいるんだろうか、など思っていた。
どこか新元号になる瞬間を楽しみにしている自分がいる。
きっと4月30日は大晦日みたいに夜中まで起きているだろうなあと思った。

新しい時代が始まる!

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新元号の発表は、まだ何もわかってはいないだろう娘と一緒に見ていた。
「令和」という文字が発表されたときに、「おおー!五月からは平成じゃなくて令和になるんだって!」
と娘に言うと、「ふーん・・・。もうブロックで遊んできていい?」と冷めた言葉。まあ当たり前か。
引用が万葉集であることに一人なるほど・・・と感心して、さあ、首相の話も聞こうじゃないかと思って意気込んでいると、
「ママー、テレビさ、つまんないから消してさ、早くお昼ごはんたべようよー!」
とまたしても冷めた娘。
私は首相の説明を見ることなくテレビを消して、焼きそばを食べたのだった。
意気込んで見ようとしていた首相の姿は、夜、あーだこーだと言いながら夫とニュースで見た。
当たり前なのだ。
私だって昭和生まれだが、昭和から平成に変わったときのことを全く覚えていない。
小渕さんが平成と書かれた紙を掲げている映像は知っている。知っているがそれは後からインターネットで見て知っているだけ。
平成が当たり前、で育った世代である。
もしかしたらかつての母と私も、今日の私と娘のようなやり取りをしていたかもしれない。つまんないニュースより、遊ぼうよ、ご飯食べようよ、と。
そして、私の娘は同じように「令和」が当たり前だと思ってこれから育っていくのだ。
五月から新しい元号が始まる。
娘の生活も私の生活も、夫の仕事も特に変わることはないだろう。
しかし、元号は変わり、娘は令和という言葉に違和感を持つことがないまま成長していく。
どうかこれから始まる令和の時代は、娘がのびのびと育ち、大人になっていくことのできる時代になって欲しい。私ものびのびと子育てをして、楽しい老後を過ごしたい。
そして、次の元号になるとき。そのときも、天皇ご逝去にともなうものではなく、今回のようなお祝いムードで会って欲しいなと思う。